In The Flight

小説のようなものだと思ってください

なぜ僕が死にたいと思うようになったか それに至るまでの略歴と自己紹介を兼ねて 1

僕は産まれてから今までずっと周りの人から頭がいいと言われ続けて生きてきた。

 

産まれて初めて頭がいいと言われた日のことは覚えていない。逆に最も近いのは二週間ほど前で、友達から「お前は頭がいいからクリエイティブな仕事が向いてるんじゃないか」と言われた時だ。親や親戚、友達、学校の先生、職場の同僚や上司、施設の職員、あらゆる場所であらゆる人々から頭がいいという評価を受けてきた。さすがに頭がいいとは言われ慣れているが、何度言われてもうれしいものだ。もちろん自分よりも頭がいいと感じる人に出会ったことは何度もあるが、それでも平均よりいくらかは上だろうという実感は得てきた。一つ、面白いエピソードがある。母から口伝えに聞いたことなので僕自身が経験したことではないのだが、小学校に入学する時のことだ。僕は知能テストを受けた。僕には当時テストを受けた記憶がなく、逆に自分の子どもを小学校へ入学させたことも無いので詳しくはわからないのだが、とにかく小学校の入学前には知能テストがあるらしい。少なくともその学校ではあったようなのだ。確かに発達障害が見られる子どもを特別支援学級に置くことなどから知能テストの必要性は考えられるので(僕には記憶がないが)テストを受けたのだと思う。知能テストを受けた後、僕は無事に入学式の日を迎える。その日、僕とともに小学校を訪れていた母が、不意に教員から呼びかけられたのだと言う。ねえ、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど……、そう切り出された、と母は話していた。いわく、あなたのお子さんは知能テストの結果が著しく良かった、根拠はないのだがこういう子はなぜだか早死にしてしまうことが多い、注意して見守ってあげてほしい。そういう話だったそうだ。僕は25歳まで生き延びた。早く死ぬというのが何歳くらいのことを指すのかわからないが、僕は教師の予言は外れたと思っている。そもそも僕は自分で自分を頭がいいとは思っているがそう飛びぬけて類まれであるというほどではないと思っている。しかし今また僕は自分が死ぬかもしれないと思っている。

 

僕は何不自由ない幼少時代を過ごした。父親と母親がいて、二階建ての持ち家に住み、友達がおり、病気もなかった。3月生まれの未熟児で体の発育が遅かった(だったらなんで小学校入学の時点でそんなにテストの結果が良かったんだろうと時々疑問に思う)し、父親も血のつながっていない義理の親子関係だったが、それでも僕の人生はすこぶる順調だった。

 

転機がやってきたのは小学校二年の夏だった。父と母が離婚したのだった。